早過ぎた結果の発生が論点になるのはなぜなのか?<1>刑法判例・最決平成16年3月22日

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取り上げる判例

今回取り上げる判例は、早過ぎた結果の発生と殺人既遂の成否が問題となった平成16年3月22日の最高裁判所決定(以下では、「クロロホルム事件」とします)です。

事実関係

全文と要約を掲載します。

全文

1,2審判決の認定及び記録によると,本件の事実関係は,次のとおりである。
 (1) 被告人Aは,夫のVを事故死に見せ掛けて殺害し生命保険金を詐取しようと考え,被告人Bに殺害の実行を依頼し,被告人Bは,報酬欲しさからこれを引き受けた。そして,被告人Bは,他の者に殺害を実行させようと考え,C,D及びE(以下「実行犯3名」という。)を仲間に加えた。被告人Aは,殺人の実行の方法については被告人Bらにゆだねていた。

 (2) 被告人Bは,実行犯3名の乗った自動車(以下「犯人使用車」という。)をVの運転する自動車(以下「V使用車」という。)に衝突させ,示談交渉を装ってVを犯人使用車に誘い込み,クロロホルムを使ってVを失神させた上,a付近まで運びV使用車ごと崖から川に転落させてでき死させるという計画を立て,平成7年8月18日,実行犯3名にこれを実行するよう指示した。実行犯3名は,助手席側ドアを内側から開けることのできないように改造した犯人使用車にクロロホルム等を積んで出発したが,Vをでき死させる場所を自動車で1時間以上かかる当初の予定地から近くのbに変更した。

 (3) 同日夜,被告人Bは,被告人Aから,Vが自宅を出たとの連絡を受け,これを実行犯3名に電話で伝えた。実行犯3名は,宮城県石巻市内の路上において,計画どおり,犯人使用車をV使用車に追突させた上,示談交渉を装ってVを犯人使用車の助手席に誘い入れた。同日午後9時30分ころ,引地が,多量のクロロホルムを染み込ませてあるタオルをVの背後からその鼻口部に押し当て,cもその腕を押さえるなどして,クロロホルムの吸引を続けさせてVを昏倒させた(以下,この行為を「第1行為」という。)。その後,実行犯3名は,Vを約2㎞離れたbまで運んだが,被告人Bを呼び寄せた上でVを海中に転落させることとし,被告人Bに電話をかけてその旨伝えた。同日午後11時30分ころ,被告人Bが到着したので,被告人B及び実行犯3名は,ぐったりとして動かないVをV使用車の運転席に運び入れた上,同車を岸壁から海中に転落させて沈めた(以下,この行為を「第2行為」という。)。

 (4) Vの死因は,でき水に基づく窒息であるか,そうでなければ,クロロホルム摂取に基づく呼吸停止,心停止,窒息,ショック又は肺機能不全であるが,いずれであるかは特定できない。Vは,第2行為の前の時点で,第1行為により死亡していた可能性がある。

 (5) 被告人B及び実行犯3名は,第1行為自体によってVが死亡する可能性があるとの認識を有していなかった。しかし,客観的にみれば,第1行為は,人を死に至らしめる危険性の相当高い行為であった。

要約

(1)被告人Aは、被害者Vの妻で、AがVを事故死に見せかけて殺害して保険金を詐取する計画の下、被告人Bにその殺害を依頼した(BはC、D及びEも仲間に加えた)。AはV殺害の方法についてはBら(B、C、D及びE)に委ねた。

(2)Bらは、クロロホルムを使用してVを失神させてから(計画①)、近くまで運びVの自動車ごとVを崖から川に転落させて溺死させる(計画②)という計画を立てた。

(3)Bらは計画①に従ってVにクロロホルムの吸引を続けさせてVを昏倒させた(第一行為)。その後、計画②に従って、そこから約2km離れた地点までVを運んで、第一行為から2時間後にBらはVの自動車ごとVを岸壁から転落させて沈めた(第二行為)。

(4)Vは第二行為の前の時点で第一行為によって死亡していた可能性がある。

(5)Bらは、第一行為自体によってVが死亡する可能性があるとの認識を有していなかったが、客観的にみると第一行為は人を死に至らしめる危険性の相当高い行為であった。

このようになります。
論点的には「早過ぎた結果の発生と殺人既遂の成否」となります。

なぜ論点となるのか?

ポイントは、上記の(4)です。
第一行為によって死亡していた可能性がある、ということがこの論点を作り出しています。
具体的に見てみましょう。

第二行為からV死亡結果が発生した場合

この場合、Bらに殺人罪が成立することに何ら問題はありません。
実行行為、結果との因果関係及び故意が問題なく認められます。

第一行為からV死亡結果が発生した場合

第一行為が実行行為であり、結果との因果関係も認められます。
問題は、第一行為時点でBらに殺人罪の故意が認められるのかどうかです。
故意とは、構成要件該当事実の認識を言います(違法性阻却事由不存在の認識の有無は本件では関係ないですので、特に検討はしません)。
Bらは実行行為である第一行為を行う認識はありますが、当初計画によれば、Bらは計画②の時点でVを殺害する意図を有しています。実際にも第二行為によってVを殺害する意図を有していました。
ということは、第一行為時には、V殺害の意図を有していないので、結果発生の認識を有していないことになり、第一行為からV死亡結果が発生した場合はBらに故意がなく、Bらに殺人罪も殺人未遂罪も成立しないことになります。
第二行為からV死亡結果が発生した場合は、Bらに殺人罪が成立しますが、
第一行為からV死亡結果が発生した場合は、Bらに殺人罪も殺人未遂罪も成立しません。
「疑わしきは被告人の利益に」原則からすると、Bらを殺人罪にも殺人未遂罪にも問うことはできません。

Bらに殺人罪が成立するためには?

Bらに殺人罪が成立するためには、第一行為からV死亡結果が発生した場合にもBらを殺人罪に問えることが必要となります。
では、第一行為からV死亡結果が発生した場合にBらを殺人罪に問うことができるのでしょうか?
第一行為時にBらに故意があるかどうかが問題となります。
ここで、故意は、「(実行)行為と責任同時存在原則」により実行行為時に存する必要があります。
この場合、当初計画によれば、実行行為である第一行為時には故意が認められませんでした。
ですが、そう考えると最高裁の結論は導けません。
第一行為時に故意が認められないという結論になるのは、第一行為と第二行為とを別個の行為と考えたからです。別個であるなら第二行為時の故意をもって第一行為時の故意と認める余地はありません。
ということは、第一行為と第二行為とを「一連の実行行為」と捉えることができるならば、その「一連の実行行為」からV死亡結果が発生し、その「一連の実行行為」からV死亡結果を生じさせる計画をしていたBらに故意を認める余地が出てきます。
もっとも、「一連の実行行為」を認めただけでBらに故意が直ちに認められるという結論にはなりません。なぜなら、「一連の実行行為」と捉えることができるとしても、Bらは第二行為で殺害しようと計画していたのに第一行為から結果が発生しているので、因果関係の錯誤があり、その錯誤をどう扱うかの問題があるからです(のちに検討する予定です)。

空中戦から地上戦へ

ところで、これまで最高裁の結論を導くためにはどういった論理が必要になるのか?という観点から最高裁の決定内容を一切検討せずに分析してきました。
いわば空中戦をしてきたといえます。
空中戦も大事ですが、勉強する際は裁判所の判断内容を手掛かりになぜ裁判所がそういう判断をしたのか?と具体的に検討していくことも大切です。いわば地上戦といえます。
ですので、次は、地上戦をしてみたいと思います。

---次話へ続く---

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